「寂しさの燃ゆ」


「……お酒、弱いんです、信乃さんは」

後ろからふと声がかかった。振り返るまでもなく、隣りに荘助が現れる。彼は律儀にもそこに座る許しを請うてからそっと腰を下ろした。現八より頭半分小さいので、その目は睫毛の影になって暗く見える。

「弱いったって、まさか盃一杯でこれってことはないだろ」

「ええ…いえ、でも、半合呑んだら呑みすぎですよ」

「はあん、じゃ、信乃が犬士のうちで一番弱いな。まちがいなく」

「そうですね」

壁によりかかってうつうつと目を閉じている信乃を見る。八犬士だけで開いた今日の宴に、信乃と現八は野暮用で遅れて来た。できるだけ急いだのだが、それでも一刻ばかりを遅れてやって来てみると、皆すでにできあがっていて、座敷は祭りのような騒ぎだった。

「…つうか、おまえ、よく無事でいるな。巻き込まれなかったのか」

「はあ、つい、給仕のほうに回ってしまって。みなさん、おれがいないことにもたぶん気づいてなかったんじゃ」

「ああ。…貧乏性だな」

「ええ、つくづく」

ごく普通に肯定して、荘助はちょっと笑った。信乃は右手に箸を一膳握りしめたままだ。すっきりと端正な目鼻立ちが別人のようにいとけなくゆるんでいる。

「……かわいいなあ」

「え?」

「信乃さん、かわいくないですか」

思わず振り向いた荘助の顔は、かなしみとやさしさの混じった、穏やかな表情をしている。恋慕というわけではないらしいと見てとって、現八は素直に首をかしげた。

「かわいい? こいつが?」

「ほかに誰がいるんです」

「……毛野、とか」

「毛野さんは、かわいいというより、きれいですよね。それにちょっと怖いし」

「ああ。えげつないしな」


くすりと荘助が笑った。幼いころさびしく育った彼は、今なお目元にかすかな諦念を佩いている。そういうはかなさは、現八にはわからないたぐいのものだった。

「……おれは?」
「え?」

「おれは、怖くないですか?」

「は? おまえがなんで怖い?」

「え…」

言いよどむというよりは、わからないのかと意外に思うふうに目を開いて、荘助が現八を見る。暗いと見えた瞳はわずかに茶色がかって澄んでいる。そこに映りこんだ黄色の灯火がゆらりとふるえた。


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